2026年8月Blog

異なるものが出会うところ

藤原の日記

私は、建築を考えるときに「あわい」という言葉を大切にしています。

「あわい」と聞くと、縁側や軒下のような、内と外の中間にある場所を思い浮かべる方も多いかもしれません。

しかし、私が考える「あわい」は、中間領域そのものではありません。

中間領域は、建築によってつくられる具体的な場所です。一方で「あわい」とは、異なるものが出会い、互いに影響し合うことで生まれる関係のことだと思っています。

風土と暮らし。
自然と人間。
過去と現在。
光と影。
人と人。
そして、居場所と居場所。

それぞれは、はっきりと分けられるものではありません。一方がもう一方へと少しずつ滲み出し、重なりながら、絶えず関係を変えています。

庭の木々が室内に影を落とし、その揺らぎから季節や風を感じる。

古い柱に残された傷から、そこで営まれてきた暮らしを想像する。

家族の姿が見えなくても、音や気配から、その存在を感じる。

こうした異なるものが出会うところに、「あわい」は生まれます。

また、一つひとつの居場所も、それだけで成り立つものではありません。

食卓と窓辺、居間と庭、家族が集う場所と一人で過ごす場所。それぞれの居場所が緩やかにつながり、互いの気配や光景を受け渡すことで、暮らしに奥行きが生まれます。

「あわい」には、決まった形がありません。

縁側や軒下があれば生まれるものでもなく、図面に線を引けばつくれるものでもありません。

建築が風土や人の暮らしを受け止め、時間とともに関係が育まれていくことで、初めて立ち現れてくるものだと思います。

建築が完成したときに、すべてが決まっているのではない。

光や風、季節の移ろい、人の営み、そして積み重なる時間。それらを受け入れる余地を残しておくことで、建築と暮らしの間に新たな関係が育っていきます。

私は建築によって何かを強く主張するのではなく、異なるものが出会い、互いの存在を感じられる関係をつくりたい。

その目には見えないつながりが、暮らしを静かに豊かにしてくれるのだと思います。

藤原昌彦