木が覚えている時間

藤原の日記

十月も下旬になると、日が暮れるのがずいぶん早くなりました。
夕方、部屋の奥の暗がりがゆっくり深くなっていく中で、古い木の色だけが、ほんのりと浮かんで見えることがあります。

「田井の家Ⅱ」は、ここに暮らすご家族の、祖父母の家があった場所に建てた平屋です。
今は、ご家族三人と猫が一匹、暮らしています。

この家の和室には、前の家で使われていた木が入っています。
天井板、床柱、床板、そして枠材。

新しい木と並べると、古い材は色が少し深く、手ざわりもどこかやわらかい。
長いあいだ日に当たり、人の手に触れられ、梅雨の湿り気や冬の乾いた空気を、吸ったり吐いたりしてきた木です。

古い材を使うのは、正直に言えば手間がかかります。
寸法はそろわないし、反りもあれば傷もある。
新しい材で作ったほうが、早く、きれいに納まります。

建設会社や工務店で働きながら設計を覚えてきた私は、その大変さを、現場の側から知っているつもりです。
それでも、この和室にはこの木でなければいけない、と思いました。

田井の家Ⅱ 玄関から和室を見る

なぜそう思ったのか。
自分でもまだ説明しきれていないのですが、記憶というのは、間取りや形よりも、手が触れてきたものに残っているのではないかと思うのです。

家を建て替えれば、部屋の形も、窓の位置も変わります。
けれど、毎日のように目にしていた柱や、寝転んで見上げていた天井の木目は、身体のどこかが覚えている。
その木がそこにあるだけで、前の家の時間が、すっと今につながるような気がします。

私が設計で大切にしたいのは、その土地にもともとあった時間を、途切れさせずに引き継ぐことです。
田井の家Ⅱでは、屋根の形と庭の木の高さを、まわりの山の稜線に合わせて考えました。
古い材を使うことも、私の中では同じところから出てきた考えです。

ただ、昔をそのまま再現したいわけではありません。
新しい住まいの中に、古い木が少しだけある。
近すぎず、遠すぎない。過去と今とのあいだに、そのくらいの距離があるのが、ちょうどいいように思います。

家は建て替わっても、そこで流れてきた時間までは終わらない。
前の家の木が、新しい暮らしの中で、また少しずつ色を深めていく。
そんな時間の続きを、これからも設計していきたいと思います。

藤原昌彦