今日は、海の日。
海を眺めていると、時間を忘れてしまうことがある。
波の動きを追っているようで、実際には何かを見ているわけでもない。
ただ、水平線の向こうへ視線を預けている。
以前、父母ヶ浜を訪れた時もそうだった。

遠浅の浜辺に立ち、空を映した水面を眺めていると、気持ちが穏やかになり、心が洗われるような感覚があった。
日常では、手元を見る時間が多い。
図面を見る。
本を読む。
スマートフォンを見る。
気がつけば、視線はいつも近いところに集まっている。
だからこそ、ふと遠くを見た時に、身体も心も少し緩むのかもしれない。
住宅の窓も、光や風を取り入れるだけのものではないと思っている。
庭の木々を介して空へ視線が抜ける窓。
建物の間から、遠くの山が見える窓。
水面や田園の広がりを、静かに受け止める窓。
「天城台の家」では、高台の敷地から東に広がる溜池へと視線が抜けていく。
室内から庭へ、庭から水面へ、その先の風景へと、視線が幾つもの領域を越えていく。
大切なのは、ただ大きな窓をつくることではない。
窓の先に何があり、そこまでにどのような距離があるのか。
その距離を丁寧に整えることで、実際の広さを超えた奥行きが生まれる。
住まいの中に、遠くを見ることのできる場所がある。
それは、慌ただしい日常からほんの少し離れ、心を解放してくれる余白になるのだと思う。
藤原昌彦