家づくりの話になると、広さや部屋数に目が向きがちです。
もちろん、広さにはゆとりがあります。
けれど、広ければ豊かになるかというと、必ずしもそうではないように思います。
昔の日本の家は、障子や襖でゆるやかに仕切られていました。
今のように壁や扉で完全に区切るのではなく、光や風、人の気配がほどよく伝わる住まいでした。
隣の部屋から聞こえてくる家族の話し声。
台所から漂ってくる夕飯の匂い。
庭を渡る風。
障子越しに見える明かり。
完全に見えるわけではない。
けれど、そこに誰かがいることを感じる。
そんな距離感の中で暮らしてきたのが、日本の住まいだったように思います。

茶の湯の世界には、「一畳十間」という言葉があります。
一畳ほどの小さな空間の中にも、十間もの広がりを感じることができるという意味です。
それは、単に視覚的な広さを表しているのではなく、人との距離や自然とのつながり、心の広がりを含めた豊かさなのかもしれません。
また、気配を感じながら暮らすことは、相手を思いやることにもつながっていたように思います。
襖一枚隔てた向こうに誰かがいるから、大きな音を立てない。
障子越しに明かりが見えるから、家族の帰りに安心する。
顔を合わせなくても、互いの存在を感じながら、少し気を遣い、少し譲り合って暮らす。
そこには、完全に一人になることでもなく、いつも一緒にいることでもない、日本人らしい距離感があったように思います。
住まいの豊かさは、広さや部屋数だけで決まるものではありません。
小さな場所であっても、庭とつながり、光や風が通り、人や自然の気配を感じられる。
そんな空間には、実際の大きさを超えた豊かさがあります。
私は、住まいとは面積を競うものではなく、人と人、人と自然との関係をやさしくつなぎ、心がゆったりと広がる場所であってほしいと思っています。
小さな場所の中で、人の気配を感じ、互いを思いやりながら暮らす。
「一畳十間」という言葉には、そんな日本人の豊かさが込められているように思うのです。
藤原昌彦