気配

藤原の日記

みんなで集まって、にぎやかに過ごす時間は楽しい。
けれど、ときには一人になりたい時もある。
誰もいない場所に身を置くと、最初は気楽なのだが、しばらくすると不思議と寂しさを感じる。

一人にはなりたい。
けれど、人の気配は感じていたい。
気配を感じると、なぜだか安心する。

私は、住まいにとってこの「気配」がとても大切だと思っている。

気配とは、人と人との距離だけではない。

庭の木々が風に揺れること。
台所から聞こえる食器の音。
障子越しの光。
時間の移ろい。

そうしたものもまた、気配の一部である。

近づきすぎれば「存在」となり、遠ざかりすぎれば「気配」は消えてしまう。

人は、人そのものを求めているのではなく、気配を求めているのかもしれない。

完全につながりたいわけでもない。
完全に一人になりたいわけでもない。

気配を感じながら、自分の時間を過ごしたい。

住まいとは、その絶妙な距離を受け止める器なのだと思う。

家族とのあいだにある距離。
庭とのあいだにある距離。
外の風景とのあいだにある距離。

その「あわい」に気配が宿るとき、住まいはただの箱ではなく、心の居場所になるのではないだろうか。

藤原昌彦