私は均質な空間に、少し息苦しさを感じることがあります。
もちろん、明るく快適で、どこにいても同じ環境で過ごせることは悪いことではありません。
むしろ現代の建築が目指してきた大切な価値の一つだと思います。
けれど、なぜか長く居たいとは思えない。
なぜだろうか。
考えてみると、均質な空間には「揺らぎ」が少ないからではないかと思うのです。
あるいは、時間の流れが見えにくいからかもしれません。
人は無意識のうちに、変化するものに惹かれています。
風に揺れる木々。
ゆっくりと流れる雲。
木漏れ日。
移ろう光。
そこには常に小さな変化があり、静かに時間が流れています。

一方で、均質な空間は変化が少ない。
整っている。
快適である。
けれど、その状態がどこまでも続くことで、知らず知らずのうちに緊張感を生んでいるのかもしれません。
自然素材が心地よく感じられるのも、そのためでしょう。
木には一本ごとに異なる木目があり、色味にも個性があります。
左官壁も同じです。
均一に見えても、人の手によるわずかな揺らぎが残っています。
そうした不均一さは、空間に奥行きや表情を与え、私たちの感覚を静かに刺激してくれます。
開口部のあり方も同様です。
ただ大きな窓を設ければよいわけではありません。
その先に何があるのか。
風に揺れる樹々があるのか。
季節ごとに表情を変える庭があるのか。
空の移ろいを映し出す風景があるのか。
そうした変化を受け止める対象があってこそ、窓は時間を映す装置になります。
均質な空間が苦しいのは、快適性が足りないからではない。
そこに時間の流れや自然の気配、そして人の感覚を受け止める揺らぎが少ないからなのかもしれません。
私は建築の中に、そうした揺らぎを残しておきたいと思っています。
それは不便さをつくるためではなく、人が時間を感じながら豊かに暮らすために必要な余白なのだと思うのです。
藤原昌彦